祈りと遠隔ヒーリング

前回のブログにて、無料で祈りを捧げるサービスを開始したことを書きました。安西ヒーリングとしてでは無く、匿名で行っているサービスです。申し込みの具合はというと、ボチボチです(笑)。

「祈り」と言うと、神社で神様にお祈りをしたり、仏壇に手を合わせるなんてことを思い浮かべる方が多いかと思います。ご依頼をいただいた後、僕はどのように動いているのかというと、まずは精神統一をしています。精神統一をして、僕の意識がなるべく無に近づくよう調整します。人間である以上完全な無は難しいので、ボチボチ程度に無に近づきます。時間にするとだいたい10~20分くらいかな。で、ボチボチ無に近づいたと感じられたら意識をお申込みいただいた方に向けます。お申込み時に「お住まいの地域」と「お名前(ニックネーム)」の情報しかいただいていないので、どこの誰から何の目的でお申込みをいただいているのかは分かりませんが、まぁだいたい分かるものです。とはいえそのあたりのことはさほど重要では無いのでスルーして(間違っていることもあるので)、その方に対して適切なバックアップが与えられるよう祈りを捧げています。祈りを向けるのは「神様」です。僕が思う「神様」に対して祈っています。
この工程って、実は遠隔ヒーリングと同じなんです。ですので遠隔ヒーリングと同じことを無料でおこなっているということです。遠隔ヒーリングと異なる点は、個人情報を伺っていないこと、日時を決めていないこと、単回で終了すること、フィードバックをしないこと、でしょうか。遠隔ヒーリングにおいて重要なのは、ヒーリングをおこなう対象をより具体的に思い浮かべることだと思っています。もちろん他にも「ヒーリングを受け入れる意思の確認」や「タイミング」なんてものもあるのですが、最重要はそこじゃなかろうかと思っています。ですので遠隔ヒーリングの場合はお申込みの時点で個人情報をお伺いするんですね。想像しやすいので。でも祈りのサービスにおいてはそれをやっていません。なぜか。それは「神様はすべてお見通し」だと思えるからです。そもそも遠隔ヒーリングを行うのは僕では無く(僕が思う)神様です。ですので僕の方で細かく情報を収集しなくてもいいと思えるんですよね。もちろんいただける情報はいただいておいた方がイメージはしやすいですが、「必須か?」と言われればそうでは無いとも思えます。お天道様は見ていますから。個人情報をいただいてしまうと無料での提供も厳しくなりますしね。あと、遠隔ヒーリングにおいては日時を決めておこなうことが多いですが、それも必須とは思えないんですよね。日時を決めてその時間は寝るなり椅子に座るなりリラックスしておいていただければ遠隔でエネルギーが届いている様子をリアルタイムで感じやすくはなります。でもそれも必須とは思えず。祈りのサービスにおいては日時を決めてしまうとその日のその時間は(僕が)拘束されてしまうことになるので、これまた無料での提供は難しくなってしまうんですよね。小さい子供がいるので時間を決めるのが難しいということもあり。おそらく皆さんが希望する時間帯って、子供の寝かしつけの時間帯と被ると思えまして。

ということで、僕のなかでは「祈りのサービス」も「遠隔ヒーリング」も同じです。「どちらがいいの?」と問われてもどちらにも利点があるので難しいところですが、上に書いたような違いはあれど、僕がやっていることには違いは無いんですよね。祈りも遠隔も深いところまで意識を沈めたうえでおこなっています。ですのでそれをやっている僕も気持ちがいいと。僕にとっても利点があるんですね。
祈りのサービスにご興味をお持ちの方は以下リンクをどうぞ。
https://inorinochikara.com/

新しいサービスのご案内

新しいサービスをはじめました。とは言っても安西ヒーリングとしてではなく、別サイトを作り、匿名でサービスをはじめました。簡単に言うと、お申込みいただいた方に対して祈りを捧げるサービスです。無料です。前回の日記に「遠隔ヒーリングのモニターを募集しようと思っている」と書きました。それはそれで準備が整い次第募集を開始したいとは思っているのですが、その前にやってみたいと思えたのがこれでして。三度の癌の手術を経験し、ご担当いただいている先生の口から「5年生存率」なんて言葉を聞いたこともあって、生きているうちにやりたいことをやりたいなと思えたんですね。そのうちのひとつが「祈ること」だったのです。
これを言うと偽善者のように思われるような気もするのですが、人間ってひとりで幸せになっても意味が無くて、皆でともに幸せにならないと意味が無いと思っています。「なんで?」と言われても困るのですが、そう思っているのだから仕方が無い。上から目線で「祈ってあげるよ」ということでは無く、皆でともに柔らかくありたいよねと、そんな気持ちでいるのです。受験を控えているとか、病に直面しているとか、レギュラーになりたいとか、いろいろあると思うんです。その後押しをね、したいのです。応援したいもの。

スピリチュアルを生業とされている方であれば分かると思うのですが、こういうことって無料でやっちゃいけないんですよね。祈りとは念であり、念であるということは物質であり、物質であるからこそ一方的に渡すのは良くないと。どこかでその割を食うことになるぞと。ひずみが出るぞと。僕も30代前半の頃に1カ月限定で無料でヒーリングをおこなうということをしたことがありますが、こちらの身の危険を感じるような方がいらっしゃったりもするのですよ。「値段をつける」ということはとても大切で、それをある程度のところまで上げないと、おかしなことを導いてしまったりもするのです。ですので無料でおこなうということがどんなことなのかは身をもって存じているつもりではおりますが、それでも祈りたいんですよね、無料で。ただね、「割を食う」ってのは僕だけではなくそれがクライアントさんの身に起きたりもするもので、それはちょっとアレじゃないですか。ですので無料は無料だけど、お申込みいただいた方には「一善」をおこなっていただくことにしました。詳しくは祈りのサイトを見ていただければとは思いますが、何でもいいんです、ご自分の思う「よいこと」をひとつおこなっていただいたうえでお申込みをいただきたいのです。それであれば本当の意味での「無料」にはなりませんから。「安西が長生きしますように」と祈ってくれてもいいですよ。十分に「いいこと」だと思えます(笑)。

こんな時代ですよ。こんな時代だからこそ、祈りの力が必要なんじゃないかなと思えて。
どうぞ、お気軽にお申込みください。匿名で(笑)。
https://inorinochikara.com/

考えていること

遠隔ヒーリングのモニターを募集したいなと考えています。

本業が多忙になったことで2012年に安西ヒーリングとしての活動を停止し、昨年の5月にWebサイトと対面以外のサービスを再開させていただき現在に至ります。その間、スピリチュアル・カウンセリングにしろヒーリングにしろ、これまで通りのやりかたではなく、もっと自分にマッチしたやりかたと言いますか、もっとこう「ガツン」と来るような手法があるのではないかという思いから、その方法の模索をしていました。スピリチュアルほにゃららってね、いろいろな方がいろいろな方法でおこなっているのです。2012年までの自分の手法は自分オリジナルのやり方でして、それはそれで自分の長所を前面に出せるので良いのですが、もしかするともっと良い方法があるのかもしれないし、もしあるのであればそれを知らないことは勿体ないことだなと思え、そのあたりの勉強を進めていました。結果はどうだったのかというと、世界中にあるすべての手法を試したわけでは無いので「こうでした」とは言い切れないものの、なんと言いますか、ヒントのようなものは得られたのかなと思っています。でも核となる部分とでも言うんですかね、その部分はやはり自分オリジナルの手法で行くべきと思えました。
これからも勉強は続けます。この世界、偏ってしまうことが一番怖いですから。ですので歩いては立ち止まり、確認をして、また歩き出す、ということを繰り返していきたいと思っています。

ということで話を元に戻しますが、時期はまだ未定ですが、遠隔ヒーリングのモニターを募集したいなと考えています。モニターですのである種実験的な要素を含んでいるということから、私の友人・知人限定での募集とさせていただくつもりです。料金は条件付きで無料。その条件を難しいと考える方は、料金として1,000円をお支払いいただこうかなと思っています。条件は、その内容は何でも構わないのですが、世の中にとって有益であろうことを実施していただくことです。ものすごいことをしていただきたいわけでは無く、例えば道に落ちているゴミをひろってゴミ箱に入れていただくだけでも良いです。それを毎日続けろということでは無く、拾いたいと思ったら拾っていただければよいかと。滅多に連絡を入れていない家族に連絡を取るのでもよいでしょうし、ホント、なんでもいいと思っています。とにかくは、世のためになること、誰かの喜びにつながること、そんなことを実践していただければなと思っています。で、モニターとして、遠隔ヒーリングを受けた感想とでも言いますか、こちらからの質問(数問を予定)に対してメールにてご回答をいただこうかなと考えています。
「そもそも遠隔ヒーリングって何さ?」とお思いのあなた、深く考えなくて大丈夫です。受ければ分かる。受けなければ分からない。受けてみて「いいものだな」と思えたらまたどこかで誰かの遠隔ヒーリングを受ければいいと思います。

ということで、もろもろ確定次第、募集を開始する所存です。誰かしら応募してくれますように。よろしくお願いいたします。

死ぬとどうなる

昨年の話ですが、私の知人が他界しました。「友達」と呼ぶには少し違和感が残る関係で、ご自宅に招いてくださり、ともに食事をしたことがあるという間柄です。その方が他界してから1週間も経たないころ、その方が私の中に入ってきたことがあります。断定してしまうのは危険ですので「おそらく」ということではありますが、入ってきた瞬間に「あ、〇〇さんだ」と思えたので、私のなかではまずまずな確率でその知人が入ってきたものと感じさせられました。
私からその知人へ話しかけたり意識を向けるようなことはしませんでしたが、それでも多少はその感情が漏れてくるような感覚がありました。具体的なことを書いてしまうと個人情報の漏洩になりますので控えますが、そのことを通して思ったのは、人は死んでも変わらないんだなということです。厳密に言えば肉体を脱ぐことによって変わる部分はありますよ。でもその根本の部分は変わらないんだなと思えました。
人は死ぬとある意味エスパーのようになると思っている方がいらっしゃると思うのですが、そうはならないです。例えば肉体を脱いだ瞬間にお経の意味を理解できるようになることはありません。あくまでも、生前に学んだことしか知識としてはストックされていないようです。ただ何と言いますか、喜怒哀楽については生前と比べてストレートになるような気はしました。思ったことをオブラートに包むというような、この世で言うところの「気遣い」は無くなるようです。自分の感情が大砲のようにドカンと炸裂します。

四十九日の間はこの世で過ごしたいという思いをお持ちのようでしたので、そこから思うに、自分が他界したことは理解していて、四十九日を過ぎればあの世へ移行する(すべき)ということも理解していたと思います。ですので既にあの世へ旅立たれていると思います。まずはゆっくりとお休みになって、持ち前のパワフルさを取り戻していただけたらなと思っています。

思い込むこと

思い込み。日常生活においての思い込みはよからぬ結果を招くことが多いように思えますが、スピリチュアルの世界においてはなかなか重要なものだったりします。

例えば自分の気を鎮めたいとき。もうちょい柔らかい言い方に変えるとリラックスをしたいとき。僕はこんな想像をします。
まずは目を軽く瞑り、脳の中に自分そのものがいることを想像します。その自分は球体です。脳の中にすっぽりとはまっています。その球体が、少しずつ下へ下へと下がっていきます。脳から眉毛へ。眉毛から鼻へ。鼻から口へ。口から喉へ。喉から胸へ…。このように、自分という球体がどんどん下へ下へと下がっていくところを想像します。胃に下がり、丹田に下がり、股間を通ってついには地面に潜り込みます。地面に潜りこんだらどんどん地球の中心に向けて降りて行きます。と、こんな感じで進めていくとリラックスできるんですよね。
また、自分をいう球体を下げるのでは無く、頭の上から温かくて心地のいい粘液をかけてもらっているところを想像するのも良いです。その粘液にはありとあらゆる病気に効く薬が入っています。世界中から集められた、あらゆる病に効く特効薬が入っています。とてもいい香りがします。その薬は身体はもちろんのこと、心にも抜群の効果を発揮します。心の疲れをきれいさっぱり取り除いてくれるのです。その温かくて気持ちのいい粘液が頭の上から額へ。額から目へと、ゆっくりと、しんしんと下がっていきます。粘液が触れたところからじんわりと暖かくなり、まるで温泉にでも入ったかのように心地よくなっていきます。それにより、心と身体にとってマイナスな要素は全て洗い流されていきます。粘液がそれを吸い取ってくれているのです。その心地よさは身体の表面を伝って下へ下へと降りていきます。目から頬。頬から口。温かくて心地いい粘液は口の中にも入っていき、喉、食道、胃へと降りていき…という感じです。こんな感じで全身をその粘液で包み込んで、全身を綺麗にするというものです。思い込みですが、実際に心地よくなると思います。

昨今、世界は大変なことになっています。うがい、手洗い、マスクは必須とのことです。ここはスピリチュアルな方面の話題を多めに語る場ですので、今日はその方向から語らせていただきました。あらゆる病に効く特効薬が入った粘液、ぜひとも頭の上からかけてみてください。