良いもの、悪いもの

僕ね、思うんです。神さまは全知全能ですから、この世に不必要なものはお作りにならないであろうと。でも世の中には争いごとが起きるわけで、おかしな事件も起きていますよね。ということはつまり、僕らが「どうしてこんなおかしなことが起きるのか」と思えるようなことであっても、神さまから見れば必要なものだということだと思うんです。必要なものと言うよりは、それも神さまの一部であるということでしょうか。本当に不必要なものであればこの世に現れるわけが無いわけで、ということは、僕ら人間は宇宙にとって必要な存在だということになると思います。不必要なものであれば、とっくの昔に絶滅しているか、もしくは最初から創造されなかったであろうと思うのです。
でね、争いごとばかりしている僕ら人類が神さまにとって必要な存在だということはですよ、今僕の首のリンパにある癌も、僕にとって必要なものなのかもしれないなと思えるのです。人類が神さまの一部であるように、癌も僕の一部なんだろうなと。いや、もちろん無い方がいいですよ。無い方が安心ですもの。でもそこにあるということは、なんだろう、もちろん意味はあるものなんだろうし、悪いもの…ではあるんだろうけど、完全なる悪では無いんじゃないかなとも思えますし。
ともかくは、癌も僕の一部です。ですので「この悪者め!切り捌いて捨ててくれるわ!シッシッ!」ってのもちょっと違うかなと思え、そうでは無く、まずは僕の一部であることを受け入れて、こうなるまで気づかずに放置してしまっていたことに謝罪をして、そして癒してあげるというね、なんかこの流れの方がしっくり来るんですよね。なのでこう、身体の部分はお世話になっている先生(ドクター)にお任せするとして、心に対しては謝罪と癒しの気持ちを送ろうと思います。

さて、明日から入院です。

転移とお休み

先週、舌癌の転移が確認されました。首のリンパに転移しました。入院をして治療をおこなうため、7月1日(月)~7月21日(日)までの間はお休みをさせていただきます。その期間内にいただいたお問い合わせ等については、7月21日(日)以降、順番に回答をさせていただきます。あらかじめご了承ください。

今回の転移は、少し前に自分で気づいていました。日課のストレッチをおこなう際やヒゲを剃る際に違和感があり、先々週あたりに小さなしこりを見つけていました。そして先週の定期検診の際に診ていただくと、案の定、転移が認められたという次第です。
日頃から自分に対してヒーリングをおこなうことはほとんどありません。どうしようも無いくらいの状況に追い込まれないとやらないです。でも今回は、しこりを見つけた先々週あたりから定期検診までの数日間、自分に対してヒーリングをおこなっていました。舌にある水膨れのようなもの(もう何か月も前からあるのです)についてはヒーリングをおこなうことで顕著に小さくなりましたが、首のリンパのしこりについては大きな変化は見られませんでした。定期検診までにしこりを消去できればと思っていましたが、間に合いませんでした。よって来月の頭に手術をして首のリンパを切ることになった次第です。
正直なところ、僕は自分に対するヒーリングはあまり上手ではありません。ヒーリングをおこなうにはいくつかの条件と言いますかコツがあるのですが、そのコツのうちのひとつが、自分に対してヒーリングをする際にのみ欠けてしまうのだと思います。欠けているもの、それは平たく言えば自分への愛情です。自分のことは大好きですが、自分に優しくすることはあまり得意では無いようです。薄々は気づいていたことですが、それが今回表面に出てしまったようです。今回の手術を機に、今後はもっと自分を癒してあげようと思います。

呼吸と三大欲求

呼吸について。瞑想の場合は鼻から吸って口から吐く。ヨガ(僕が教わったもの)の場合は鼻から吸って鼻から吐く。特に後者の呼吸をしているときに気づいたのですが、ヨガの呼吸を繰り返していると食欲が抑えられるように思えます。と言いますか、僕の場合はそうなります。それと性欲。これは年齢のせいもあるでしょうけれど、それも無くなります。睡眠欲は無くならないんですけど、食欲と性欲は少なくなるかなー。
そこで思いだされるのが、どうだろう、どれくらい前だろう、数十年前になると思いますが、水以外全く摂取せずに生きている人がいて、その人が言った「大気中からプラーナを摂取しているから大丈夫。」というセリフです。当時は「なんじゃそら。」と思ったものですが、プラーナうんぬんは置いておいて、呼吸を突き詰めることで食事の量を減らしても大丈夫と言いますか、そもそもエネルギーを食料から補給しなくても大丈夫になるのかもしれないなとは思うんですよね。ヨガやら瞑想(つまりは呼吸)で心を落ち着かせるということは、言い変えれば肉体的意識から霊体的意識へと、意識の主たる場所を移動させることだと思うので、肉体に必要なもの、つまりは食欲と性欲は、瞑想やヨガの最中には減退してしかるべきなのかもしれないなと。睡眠欲についてはよく知らんけども、霊体にとっても休息は必要だろうという考え方です。
ただアレだ、せっかく肉体を持ってこの世に生まれてきているわけですから、肉体を持っているからこそできる行為はなるべくやり続けたいなと僕は思います。おいしいもの食べたいもの。その方が人生楽しいよ。そうは思うけれど、呼吸と意識による肉体と霊体へのアプローチとでも言いましょうか、そのあたりのことは奥が深そうだなと、そちらはそちらで興味津々なのでございます。

思い込みの大切さ

いまからけっこう大それたことを書きますよ。なので話半分で読んでくださいね。

いやね、この人生を思うように生きて行くためには、思い込みをうまく利用することが鍵となると思っているのです。思い込み?そう、思い込みです。
たとえば僕の場合、20代後半になった頃に「人生の転機には僕を正しい方向に導いてくれるキーマンが必ず現れる」ということに気づきました。それまでに何度かの転機を経験しているのですが、思い返してみると、僕は求めていないにも関わらず、必ず誰かが現れて、僕を正しい方向へ導いてくれていたのです。それに気づいてからは「頑張ってさえいれば必ず誰かが見ていてくれているから大丈夫。」と思えるようになりました。ですので僕は何年も先のことなど全く心配していません。いま目の前にあることに一生懸命になっていれば、たとえうまく行かなくなった場合でも、どこからともなく誰かが現れて、手助けをしてくれて、道は勝手に開いてくれるのです。なのでむしろ先のことなど考えていない方がうまくいくのです。これを僕は心の底から信じています。言い方を変えると、そう思い込んでいます。20代後半からの約20年間、この「僕は大丈夫」との思い込みにより、きちんと生きてこれています。

もうちょい分かりやすく書きましょうか。たとえば何か欲しいものがある場合、それがお金でも異性とのお付き合いでも何でもいいんですけど、それを思い込むことで手に入れやすくなります。ここで大事なのはふたつあって、「身の程を知る」ということと、「強く念じる」ということです。身の程を知るってのはちょっと言いすぎた感はありますが、要は、例えば貯蓄が100円の人が明日10億円手に入れたいと思ってもなかなか難しいぞということです。10億円では無く、100円を150円にしたいというところから始めるとベターだということです。異性の場合も同じで、面識も無いにも関わらず俳優さんやアイドルと付き合いたいと思っても難しいですよね。ですので何らかの努力をしたうえでお近づきになり、そのうえで思い込む、つまりはそのお相手とお付き合いして結婚して共に歳をとってお墓に入るところまでを当たり前のように心に思い描くことができるようになれば、うまく行く可能性は高まると思います。知らんけど。
でね、「強く念じる」というところが人それぞれなのでこれはもういろいろやってみて自分にしっくりくるものを見つけていただくしか無いなと思っているのですが、パターンとしてはふたつあって、ひとつは「強く念じたら全てを忘れる」というもので、もうひとつは「ひとときも忘れることなく念じ続ける」というものです。前者は「これでもか!!」とばかりにその思いを強く念じ、それが終わったらそのことの一切を忘れてしまうというものです。「手放す」ということですね。後者は文字通りですが、何をしているときでもその思いを頭の片隅に置いたまま決して忘れないというものです。

というように、まずは努力してある程度の現実を作りだし、それができたらあとは強く念じると。それがね、欲しいものを手にいれる方法、つまりは人生を思うように生きて行く方法です。欲しいものって物質だけじゃー無いですよね。ですのでこの方法というか理論というか、それを使えば自分で描いた通りの人生に近づけると思います。
「どうせ自分にはできっこ無い」とか「あいつは優秀だから」なんてことを考えるのは自由ですし止めもしませんが、人が思うことってあなどれないというか、力を持っているというか、バカにできないものだと思うのです。おそらくは、思いってのは目に見えないくらいに小さいだけであって、実際には物質だと思うのです。物質だからモノに影響を与えることができるものなのです。ですのでマイナスなことを考えている時間があるのなら、自分にとって有益なことを頭の中に思い描き、それを心に擦りこむ方が得策と思えます。

自分の意思

今日は真面目な話を。

どのくらい前のことだったか、母親から癌になったと連絡が来ました。ステージ3でした。記憶が確かなら、その時点で既に転移があったはずです。
その週末に実家に戻ったところ、あの母親がありえないほどに落ち込んでいて、その姿に驚いたというよりは、いつもとの違いっぷりが凄すぎたので、不謹慎ながら少し笑ってしまいました。どんだけ落ち込んでんだと。いや、これ本当に失礼な話なんですが、普段の母親は明るいんです。中学生のころにはハードルの県の記録を持っていたり、ママさんソフトで全国準優勝をしたりと(補欠だけど)、明るくて活発な母親なのです。その母親が癌になり、こちらが何を言ってもネガティブな回答しか言わなくなったので、そりゃ息子としてはその変わりっぷりに笑いも出るわけですよ。生気ゼロですよ。すごかったんだから。
その日はネット通販で購入して届いたばかりの書籍を持って母親に会いました。まだ読んでいないどころか開けてもおらず、しかも購入時に中身も調べずに買った本です。母親から連絡が来たときになぜか「この本は母親にあげるために買ったものだ」と思えたので、そのまま母親に渡しました。『生きがいの創造』だったかな。そんなタイトルの本だったと思います。
次の週だったかその次の週だったかは失念しましたが、再び母親に会いにいくと、あの日のどんよりが嘘のように、ほぼいつも通りの母親がそこにはいました。聞くと、あの本を読んだそうです。本を読んだことが全てだとは思いませんが、病に立ち向かう気持ちが沸き上がり、そして、自分にとって大切なものが分かったと言っていました。そして入院し、治療を受け、無事に帰ってきました。母親は4人部屋に入院しましたが、母以外の3人は他界されました。あれから10年以上が経過しましたが、母に再発はありませんでした。今も元気でやっています。

母を見て思ったのは、母は生きようと思ったから生きているのかもしれないなということです。もちろん医学的に見ればステージ4とステージ3では大違いでしょうから、その部分はもちろんあると思います。でもあの癌を告知された直後の母親と、2度目に会ったときの母親から出る生気の違いを見る限り、それがその後の治療に影響しないことは無いだろうと思えるのです。過去に何度か癌患者の方からのご依頼でヒーリングを施したことがありますが、ヒーリングをしていると、なんとなくわかるものです。多くは言いませんが、なんとなくわかるのです。

自分はどうしたいのか。どうなりたいのか。つまりは自分の意思ですが、それが自分やその周囲に与える影響って大きいと思うのです。ですのでまずは諦めないこと。これほど大事なことは無いように思います。前向きな、ご自分の明るい未来を思い描くことが大切なように思えます。