危険なこと

スピリチュアルと言っていいのか、精神世界と言うべきか、そのあたりのことはいまいち分かりませんが、そのあたりのことが好きな方って少なく無いですよね。それを公言する方は少ないですけど、実際にはなかなかな数の方がいらっしゃると思っています。それはそれで良いのですが、そんななか、僕が日頃から思っているのは、スピリチュアルやら精神世界を追求するということは危険がつきまとうものだということをご存知の方はどれくらいいらっしゃるのかなかということです。
僕の例を挙げましょうか。僕はこんなことを始めて(公言して)から既に16~7年ほど経っているものと思いますが、それでもこんな目に合うんだよということで。

所謂「セッション」をしている最中のことです。集中してセッションをしているなか、少しだけ気を抜いた瞬間がありました。するとね、身体が揺れ始めた感覚があったのです。「あれ?地震かな?」と思い周囲に目を配りましたが、どうも地震では無いようなのです。その揺れは徐々に大きくなってきたと言いますか、脳天を軸として時計回りにぐるぐると身体が回転し始めたのです。こんなに揺れているのにそばにいる人からは何の指摘も無かったのでおかしいなとは思ったのですが、ハッと気づきました。これ、身体が揺れているわけじゃ無いんだなと。悪意のある霊魂が僕の身体に入ろうとしてるんだなと。エネルギーって回転してるんですよ。僕の身体が右回りに回転しているように感じるということはなんらかのエネルギーが僕の脳天から入ってきているということであり、そのときの感覚によると、それは悪意のある霊魂だろうなと思えたのです。実際、揺れている最中は意識が遠のくような感覚もあったので、とにかく意識が飛ばないように気を入れなおし、その状況から抜け出しました。その脱出劇の間、周りの人は一切反応をしていなかったので、おそらくは誰からも気づかれ無かったんだろうと思います。つまりは見た目は変わらなかったと。

一般の方が身を危険に置きやすいのは、瞑想をしている最中だと思います。瞑想している最中って無防備なんですよ。その人の状況とその場の状況との二つが合致すれば、僕に起きたことと同じことが起きると思います。だから慣れないうちは信頼できる方にそばについてもらった状況で瞑想をすべきと思います。実際、普段からさ、自分の頭に浮かんだことが本当に自分で考えたことなのかって分からないと思うんです。分からないですよね?自分のものでは無い可能性ってあるんですよ。ただそれは悪いことだけでは無く良いものが入ってくることもあるのですが、言いたいのは、それくらい簡単に入られちゃうものなんですよ、ということです。なのでね、スピリチュアルや精神世界に興味を持つことは悪いことでは無いと思いますが、重々注意しましょうね、ということです。

朝の通勤路。とあるマンションの入口に小さな花壇があって、そこにはチューリップが咲いていました。自分の表情が緩むのが分かります。そこから50mほど歩いたところにある一軒家の庭には、たくさんの花が植えてあります。休みの日にその家の前を通りかかると、年配の女性が熱心に花の手入れをしている姿を見かけます。「いつも素敵なお花を見せてくださってありがとうございます。おかげで心が洗われます。」とお声掛けしたいところですが、不審者だと思われてもアレだなと思い、その気持ちは心の中に留めています。
僕が花に対して気持ちが向くようになったのは、おそらくは30代前半の頃だったと思います。あの頃は最寄駅に花屋さんがあって、そこにはワンコインで購入できる小さなブーケが置いてありました。それを仕事帰りに購入し、自宅のダイニングテーブルの上に飾るのです。心が安らぐんですよね。
そして花と言えばあの話を思い出します。かつて共に働いていた女性の話です。その女性が転職し、その会社で働き始めてから心に病を抱え、自宅療養をするようになりました。時間をかけて少しづつ回復するとともに外にも出るようになったそうですが、やはり外に出ると不安が押し寄せるそうで。そんなとき、花屋さんの前に立つと安心したそうです。花屋さんの前でいくらかの時間を過ごし、心が回復してから次の目的地へ行くようにしていたそうです。その後、今度は果物に触れていると落ち着くことも発見したとか。それからは常にカバンの中にオレンジを入れておくようにしたと言っていました。気持ちがザワザワしはじめたらカバンを開けてオレンジを触ることで気持ちを落ち着かせていたそうです。花とオレンジに支えられたと。なんか、分かる気がします。

神様とかハイヤーセルフとか

所謂スピリチュアルな世界と言いますか、業界内と言いますか、そこではなかなか世には出まわらないような独特な単語が使われていますよね。私が最も「スピリチュアルっぽいな」と感じるのは「ハイヤーセルフ」という単語です。なんかこう、皆さん当たり前のように使いますよね、ハイヤーセルフって。私は勉強をしてこの道に入ったわけではありませんし、そしてどちらかと言えば古神道の方がしっくりくるので洋風なものには疎いのです。ですので「ハイヤーセルフってなんじゃい?」ってことでその言葉を使う人に説明を求めたりもするのですが、いまだよくわかっていません。「高次の私」のようなことを言われるのですが、「高次って具体的にはどこなんだろう?」やら「私が二人いるってことなのかな?」のように、さっぱりです。感覚としては守護霊のようなものなのかなと思っています。そう、守護霊という言葉もけっこう曖昧だったりします。言葉というよりは、それが何を指すのかということですね。私のカウンセリングにお越しいただいた方から「他の霊能者からは「あなたの守護霊は亡くなったあなたのお爺様です」と言われました」なんてことを伺うこともあるのですが、あの世へ旅立ってから間もない方が守護霊としてサポートに入るとは考えにくいかと。ただし、そこで言う「守護霊」を「守護霊団」の意味で使っているのであれば、それもケースによっては無くは無いのかなとも思えます。生前の生き方、亡くなってからの年月、そしてあくまでも補助霊として守護霊団に組み込まれているということであれば無くは無いかなというのが私の理解です。
他にもいろいろありますね。「神様」ってのもいろいろです。日本ではトイレにも神様がいらっしゃるし、「野球の神様」なんてものもいらっしゃるみたいですし。清原氏が現役時代に仰ってました、野球の神様って。そこで言う野球の神様ってのは天狗のことかもしれないな、なんてことも思うのですが。
このように、神様ひとつとってもその解釈っていろいろですから、なんつーか、ご自身の思うものを頭に思い浮かべればいいんだと思います。あなたの思う神様、あなたの思うハイヤーセルフ、あなたの思う守護霊、司配霊、指導霊。何が正しくて何が正しく無いだなんて、おそらくは誰も分からないのだろうと思うのです。「多くの方がこう言っている」というものはあるでしょうけど、この世で肉体を持って生きている我々の考えることなんて、たかが知れたものだろうなと思うんですよね。なので「神様に祈りましょう」となったら、その対象はご自身で思うもの、ご自身の頭のなかに浮かぶ「神様」に対して祈ることで正解だと思います。なんでもいいのよ。

勉強

ここ最近の日記を読んでいただくと分かると思いますが、ここ数年はある霊能者のもとで勉強をさせていただいています。霊界に関する科学的な知識やその周辺に関することを、実技と合わせて学ばせていただいています。それを知ると「スピリチュアルを生業としている人間がどうして今さら勉強をするのか」と思う方がいらっしゃるかもしれません。その理由はとても簡単で、単に自己研鑽に励みたいためです。その自己研鑽のなかに「他の方の考え方を聞いて学ぶ」という行為を含めているということです。自分ひとりの考えに固執することは危険と隣り合わせと思えますし、他の方の考え方をお伺いして取捨選択をしたり、その考え方についてさらに学びを深めることは良いことだと思えます。過去に所属していた日本産業カウンセラー協会においても、定期的に他のカウンセラーのカウンセリングを受けることで自分を客観視することは大切であるとされていました。その考え方はそのままスピリチュアルの世界にも当てはまるものと思います。
この秋からは浄霊の実技を集中的に行っています。今後安西ヒーリングにおいて浄霊をおこなう予定は全くありませんが、その経験を通して既に多くの学びを得ることができています。その学びは安西ヒーリングのクライアント様方にとって有益なものとなると確信しています。

審神者体験

1か月ぶりの日記です。こことは別に個人的な日記を書いているブログがありまして、そちらのブログは常時更新をしているのですが、こちらの日記はですね、どうもこう真面目なことを書かないとイカンかなという思いが出てきてしまいまして、なかなか更新できずにおります。真面目なことばかり書く必要なんて無いことは分かってはいるのですが、なんだかこう、筆が進まないと言いますか、キーボードが進まないと言いますか、そんな感じです。

さて、前回の日記と同様、今月もまた勉強会に参加をさせていただきましたので、そのお話をね、書ける範囲でさせていただきますね。
前回は巫女役として私の身体に霊魂を降ろしていただきましたが、今回は審神者(さにわ)役をさせていただきました。審神者ってのは何かと言いますと…まぁそこにはいろいろな意味があるのですが、今回の勉強会で言うところの審神者とは、高級霊との共同作業によって巫女に霊魂を降ろしたうえでその霊魂を浄化へと後押しさせていただく役割とでも言いましょうか、そのあたりの役割を担う人のことです。少しもやっとしましたが、例えば「審神者をする」のようにその行為のことを審神者ということもありますし、単純に役割のことを指すこともありますし、その範囲もまちまちですし、まぁいろいろなんですよ。とにかくは今回は高級霊との共同作業によって巫女に霊魂を降ろす云々の係をさせていただいたわけですが、一言で言えばまぁ難しかったです。常に意識レベルでは高級霊とコンタクトを取りながら巫女…と言いますか、巫女の中に入っている霊魂とは言語でのやり取りをするわけでその同時進行が難しいですし、それ以前に霊界に関するしっかりとした知識が無ければ霊魂の浄化の後押しをさせていただくことは難しいでしょうし、そもそも巫女の中に入る霊魂は自分の意思で入っていないことがほとんどでこちらとの会話を望んで来たわけでは無いのです。私は産業カウンセラーの資格を取得した経験があるので「対話をする」ということについては未経験ではありませんが、相手がそのような霊魂となるとね、なかなか難しいです。あちらからお願いされてお話をするのであればいくらか楽かもしれないですけども。仲間たちや先生方にフォローいただきながら、なんとか浄霊にまで至ることはできました。
いやー、難しい。10段階で言えば、まだ2くらいのことしかできていません。これまでにおこなったきたスピリチュアル・カウンセリングの手法とはまるで異なるものですのでできなくても当たり前なのでしょうけれど、それでもやはりスピリチュアルの世界に片足を突っ込んで生きてきた人間ですのでね、もっとね、しっかりしなきゃイカンなと思っています。
今後も素晴らしい仲間たちとともに切磋琢磨しあえればなと言いますか、頑張ってついていかないとなと思っています。