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2006年08月30日 - 心配事

僕はかなりの心配性で、たとえばクライアントさんからその内容を明かされぬまま打ち合わせの依頼をされたり、至急連絡を取らなければならない相手がなかなか捕まらなかったりすると、もう心配でなりません。まがいなりにも所謂「スピリチュアル」な分野に足を突っ込んでおりますので、その「いらぬ心配 = 取り越し苦労」が自らの精神面、そして肉体面にどのようなマイナスをもたらすかは分かってはいるつもりですが…。

そこで自分の心の中をのぞいてみるわけです。この「心配性」は一体いつから始まったのか、どこからやってくるのかなど。
すると、その理由がぼんやりと見えてきます。多方面における準備不足や余裕の無さが、心配性へと繋がっているようです。ということは裏を返せば、ぬかり無い準備と余裕さえあれば心配性は軽減されるということです。
たとえば地震が怖いのであれば、防災グッズを買い揃えたり、家族との連絡方法をあらかじめ決めておいたり、図書館で「アボイドマップ」を見て自宅の地盤等を調べたり。

そこまで分かれば、あとは実行するのみですよね。
面倒と思わず、「どうせ無理だ」と諦めず、始めてみることが大切と思います。その一歩が「幸せ」へと繋がるのだと思います。

僕も始めますから、皆さんも僕と一緒に一歩踏み出してはみませんか?

投稿者 安西祐輔10:41 | コメント (0)

2006年08月28日 - 癒し

癒しを得るためには、香り、感触、味覚など、いろいろな手段がありますが、僕の場合は「音楽」が最もピンと来るようです。
コンサートへ行くのもよいですが、自宅で音楽関連のDVDを見るのが一番好きです。誰にも邪魔されず(ネコを除く)、好きな音楽に身を任せると、自然と心がリラックスするようです。

投稿者 安西祐輔17:43 | コメント (0)

2006年08月25日 - 味覚

昨日は東急百貨店の中華料理屋さんで麻婆豆腐を食べました。
もともと辛いものはそれほど得意な方ではありませんので、「激辛」なんてものを好んで食べている方々はちょっとアレだなぁ、なんてことを思っていたのですが、なぜだか最近は辛いものをそれほど辛いと感じなくなってしまったようで、昨日も全身からは滝のような汗が出るのですが、それほど「辛い!」とは感じませんでした。辛いものが大好きな妻でさえ「これは辛い!」と言っていましたが、どうにも辛く感じないのです。

「歳を取ると味覚が変わる」とは言いますが、辛いものを辛く感じなくなるというのはどういうことでしょうか。どこかおかしいのか?

投稿者 安西祐輔18:21 | コメント (4)

2006年08月24日 - 疲れたときには

家事や仕事で疲れたときには、過去に経験をした楽しかったことや、美味しかったものを思い出すといいですよ。思い出すだけでプラスのエネルギーが流れますので、それにより、周りにあるプラスのエネルギーを引き寄せやすくなります。逆にマイナスなことばかり考えていては、周りにあるマイナスなものをひきつけることになります。エネルギーってのは磁石のようなものですから。

環境とは、自らつくり出しているものです。ご自分が変われば環境も変わります。まずは騙されたと思ってやってみてはいかがでしょうか。楽しかったこと、美味しかったものを思い出すだけですから。簡単でしょー。

投稿者 安西祐輔18:07 | コメント (2)

2006年08月23日 - ヒーラー

僕の思う「ヒーラー」とは、目に見えぬエネルギーを使って相手を「なんだか治ったような気がする」「手がピリピリしました」「「なんだかあったかい」と思わせるようなレベルではいまひとつどころかいまサンくらいなもので、その病の原因を特定し、癒し、対処法をお伝えするところまで一貫して行ってこそ、初めて「ヒーラー」と名乗れるものと思っています。と言うよりむしろ、現在起きている病のみならず、身体全体を一気に癒してしまうくらいであることが理想です。

そうなるには、まず自分が使っているエネルギーがどこからやってくるものかということをきちんと理解しておく必要があるでしょうし、相手の守護霊とも会話ができるようなレベルである必要があると思っています。決して守護霊のフリをした低級霊を相手にすることの無いくらいに。
と言うことは、すでに「ヒーラー」の枠を飛び出して「霊能者」と名乗れるほどのスキルを身につける必要があるのでしょう。そう、ヒーリングと霊能力とは切っても切れない関係にあるものと、個人的には思っています。

そしてこの能力は、使わなければ衰えていくものですから、常日頃からの鍛錬が必要ということになります。
スピリチュアルな部分と日常的な部分とのバランスを保ちつつ、毎日が勉強の連続です。

投稿者 安西祐輔17:57 | コメント (0)

2006年08月22日 - 『死後の真実』

E・キューブラー・ロス博士の著書『死後の真実』を読み返しているのですが、いやー、この本は実に素晴らしい本です。

「この人生で起こることは全て肯定的な目的を持っているのだと知ることです。否定的な考えを全て捨て、人生を内なる資質や力量を試すというチャレンジだという目で見てゆきなさい。」ですって。全くもって同感です。
オススメです。
  ↓
死後の真実

投稿者 安西祐輔17:01 | コメント (1)

2006年08月21日 - バランス

スピリチュアルなことばかりを考えて追い求めていると、なんだかぼんやりしたような状態になります。その状態は「地に足がついていない」と例えられることが多いようです。もっと現実の世界に目を向けて、バランスの取れた生活を送るべきと思います。

ご自身に起こる悪いことが何でもかんでも「霊」のせいではありませんし、「運命」と言って諦めるようなことでもありません。人生の舵を取っているのはご自身です。ご自身の意思で、数ある道のうちのひとつを選択しているのです。選んだのがご自身なら、それに対して責任を持つのもご自身です。それを忘れずに、毎日前を向いて生きて行ければいいですよね。

投稿者 安西祐輔10:19 | コメント (0)

2006年08月07日 - 神の子

昨日は事務所の近くにあるカレー屋さんへ行きました。ここのカレーはとてもこってりしていると言いますか、コクがあると言いますか、平たく言えば「好き」なのです。

座ったテーブルの横の壁に、おそらくインドのものであろう絵が飾ってあったのですが、その絵を見て違和感を感じました。何という名称なのかは分からないのですが、よく時代劇などに出てくる「かご」のようなもの、要は「偉い人の乗り物」ですよね。家来らしき人々が、偉いであろう人の乗った「かご」を担いでいる絵だったのですが、どうにも違和感を感じました。「同じ人間なのになぁ。」と思いました。

かごに乗っている人がいるということと、かごを担いでいる人がいるということ、それにはもちろん様々な事情があるのでしょうけれど、その絵を見て「なんとなく」嫌な気がしてしまいました。
偉いとか偉くないとか、上とか下とか、きっと僕はあまり好きじゃないのでしょうね。それを再認識しました。

みんな「神の子」ですよ。平等です。

投稿者 安西祐輔16:36 | コメント (0)

2006年08月04日 - 受付再開

あいかわらず日中の仕事は多忙なままではありますが、その中でも比較的時間が取れやすい火・水・金曜日の19:30以降に限り、直接ヒーリングの受付を再開させて頂きました。
ただやはり19:30になっても仕事が終わっていないという危険性があることも拭えない事実でして、その点においてお来しいただく方々にはご迷惑をおかけすることとなるかもしれません。
その際にはただただ「申し訳ございません。」としかお伝えできないのですが…。

誠心誠意、頑張ります。
よろしくお願いいたします。

投稿者 安西祐輔16:30 | コメント (0)