安西ヒーリングが、ヒーリングについて、スピリチュアルについて、真面目に語ります。

コラム

僕の「ヒーリング観」

僕が思うに、ヒーリングとは「エネルギー(活力)を与える行為」だと思う。それ以上のものでも、それ以下のものでも無い。「癒しの行為」とか「病気を治す行為」と言われることもあるようだが、それはヒーリングそのもののことでは無く、ヒーリングから導き出された「結果」のことだろう。

大切なことだが、「結果」は必ずしもコンスタントに導き出されるものではない。エネルギーの状態はもちろん、ヒーリングを行う人間の状態、またヒーリングを受ける方の状態によって、まちまちなものとなる。よって前述のように、ヒーリングを「癒しの行為」や「病気を治す行為」と言ってしまうことには僕は疑問を感じるし、誤解を招くことに繋がるものと思う。

エネルギーを与えられたら、あとは本人の意思により、癒されたり、病気が快方に向かったり、はたまた何も起こらなかったりするのだろう。その意思も表面意識と言うよりは、潜在意識によるところが大きいのでは無いかと思う。仮に表面意識によるところであれば、ヒーリングのエネルギーを受けた人間であれば、誰でも病気を快方に向かわせることができる、ということになるだろう。しかし現実にはそのようなことは、残念ながら、無い。

僕のすることは、ヒーリングを開始することを心の中で宣言し、祝詞を唱え、天と繋がることだ。そして手をかざし、天から届いたエネルギーを放出する。あとの流れは全て天にお任せする。
「自分でどうにかしよう」などとは決して思わない。僕が思考を巡らさなくとも、その時々で必要な種類のエネルギーが届くようになっている。このことは僕自身もなかなか信じられなかったことだが、僕の周りには幸いなことに霊視のできる方が多数おり、その方々の話を総合する限り、それを信じざるを得ない。ヒーリングをする相手や場所により、僕の手のひらから出ているエネルギーの色が異なるらしい。その際に僕は、何か特別に思考を巡らせているということは無い。それは言ってみれば、自動的に、異なる種類のエネルギーが、僕の手のひらから放出されているということになる。
必要な量のエネルギーが放出されれば、天からのエネルギーはストップする。僕はそれを感じて、ヒーリングを終了させる。ちなみに今まで一度も経験したことは無いが、仮にエネルギーを与える必要が無いケースであれば、天からのエネルギーは全く降りて来ないことになるのだろう。

このように、ヒーリングにおいて僕の意識が介在するのはヒーリングの開始時のみだ。「繋がる」ことさえできれば、あとは全て天におまかせすることになる。その結果として、相手が癒されるか、治るのか、ということは僕には全く分からない。と言うかむしろ、考えるべきことでは無いのだと思う。その鍵を握っているのはエネルギーであり、ご本人の意識なのだろう。

 
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