霊魂の見え方

2019年04月18日

日常的に霊魂を視覚的にとらえることができる人がいらっしゃいますが、私はその分野についてはあまり得意ではありません。霊視が得意では無いどころか「やるぞ!」と意気込まなければスピリチュアル・ヒーリングもスピリチュアル・カウンセリングもおこなうことができないほどです。それくらい「普通の人」であり、日常的にそちら方面のスイッチが入っているわけでは無いのです。ただそんな私でも霊魂を目にしたことはあるわけで、「スピリチュアルと言えば霊視!」と思っている方もいらっしゃるのかなと思えるので、今回のコラムではそのあたりのことを書いてみようと思います。

私が初めて霊魂を目にしたのは中学1年生のときでした。人間の形をしていましたが、全体的に白い色をしていて、後ろが透けて見えました。目鼻立ちもはっきり見えましたし、着ている服もボタンのひとつひとつに至るまでしっかりと見えました。全体的に白いと書きましたが、実際には白い点がたくさん集まって、それが人間の形を形成しているような感じでした。点描画のようなものでしょうか。19歳の頃にも似たようなものを見ました。やはり人間の形をした白い点描画でした。30代になり、スピリチュアル関連のことを生業のひとつとするようになってからは、それまでの人間の形をした白い点描画では無く、光の玉として見える(感じる)ようになりました。ただ厳密に言うと、視覚として光の玉が見えているわけでは無く、光の玉がそこにあり、それが霊魂であることが感覚として理解できるようになったということです。光の玉は、いつでもどこでも見えるわけではありません。クライアント様と対面している際、クライアント様の頭の周りなのか背後なのか、そのあたりに現れることがあります。その光の玉は、私に対して映像等のイメージを送ってきます。そのイメージを日本語に翻訳してクライアント様にお伝えすると、クライアント様の心に響くことが多いようです。
話を戻します。私が見る霊魂は、若い頃は人間の形をした白い点描画の形で見えていました。それがスピリチュアル関連のお仕事をさせていただくようになってからは光の玉として見えるようになりました。なぜ見え方が変わったのかをここ10年以上不思議に感じていましたが、それがなぜなのかは分かりませんでした。しかしこのコラムを書きながら、ピンと来たものがあります。白い点描画として見えていた霊は、もしかすると未成仏のものなのかもしれないなと。そもそも「成仏」という概念がまちまちですので表現として難しいところですが、白い点描画はこの世を漂っている霊であり、光の玉として見える霊魂は既にあの世へ移行されたものなのかもしれないと思えるのです。そう思える理由を細かく書いてしまうと怖くなってしまう方もいらっしゃるように思えるので、ここでは控えておきますね。

実は霊魂の見え方とは人それぞれで、たとえば二人の霊能者が同時に同じ子供の霊を霊視したとしても、ひとりには笑顔の子供に見えても、もうひとりには頭から血を流している子供に見えたりもするようです。このメカニズムについてはまたの機会に詳しく説明をさせていただくかもしれませんが、簡単に説明すると、霊能者と言えどもその対象を正確に捉えられているわけでは無く、霊能者も人間である以上、それまでに培った思考や経験がフィルターとなり、そのフィルターに刻まれた物事を通して霊視をすることになるようです。ですので例えば赤いフィルターを持っている霊能者であればその対象は赤みがかって見えますし、青いフィルターであれば青みがかって見えるわけです。ですので私の目にうつる人間の形をした白い点描画も、違う霊能者が見ればまた異なった形で見えるのかもしれません。人間の形をした白い点描画と光の玉はあくまでも私にとっての見え方であって、霊魂の見え方とは、霊能者の数と同じ数だけあるもののようです。

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