死ぬとどうなる

昨年の話ですが、私の知人が他界しました。「友達」と呼ぶには少し違和感が残る関係で、ご自宅に招いてくださり、ともに食事をしたことがあるという間柄です。その方が他界してから1週間も経たないころ、その方が私の中に入ってきたことがあります。断定してしまうのは危険ですので「おそらく」ということではありますが、入ってきた瞬間に「あ、〇〇さんだ」と思えたので、私のなかではまずまずな確率でその知人が入ってきたものと感じさせられました。
私からその知人へ話しかけたり意識を向けるようなことはしませんでしたが、それでも多少はその感情が漏れてくるような感覚がありました。具体的なことを書いてしまうと個人情報の漏洩になりますので控えますが、そのことを通して思ったのは、人は死んでも変わらないんだなということです。厳密に言えば肉体を脱ぐことによって変わる部分はありますよ。でもその根本の部分は変わらないんだなと思えました。
人は死ぬとある意味エスパーのようになると思っている方がいらっしゃると思うのですが、そうはならないです。例えば肉体を脱いだ瞬間にお経の意味を理解できるようになることはありません。あくまでも、生前に学んだことしか知識としてはストックされていないようです。ただ何と言いますか、喜怒哀楽については生前と比べてストレートになるような気はしました。思ったことをオブラートに包むというような、この世で言うところの「気遣い」は無くなるようです。自分の感情が大砲のようにドカンと炸裂します。

四十九日の間はこの世で過ごしたいという思いをお持ちのようでしたので、そこから思うに、自分が他界したことは理解していて、四十九日を過ぎればあの世へ移行する(すべき)ということも理解していたと思います。ですので既にあの世へ旅立たれていると思います。まずはゆっくりとお休みになって、持ち前のパワフルさを取り戻していただけたらなと思っています。