思い込みの大切さ

いまからけっこう大それたことを書きますよ。なので話半分で読んでくださいね。

いやね、この人生を思うように生きて行くためには、思い込みをうまく利用することが鍵となると思っているのです。思い込み?そう、思い込みです。
たとえば僕の場合、20代後半になった頃に「人生の転機には僕を正しい方向に導いてくれるキーマンが必ず現れる」ということに気づきました。それまでに何度かの転機を経験しているのですが、思い返してみると、僕は求めていないにも関わらず、必ず誰かが現れて、僕を正しい方向へ導いてくれていたのです。それに気づいてからは「頑張ってさえいれば必ず誰かが見ていてくれているから大丈夫。」と思えるようになりました。ですので僕は何年も先のことなど全く心配していません。いま目の前にあることに一生懸命になっていれば、たとえうまく行かなくなった場合でも、どこからともなく誰かが現れて、手助けをしてくれて、道は勝手に開いてくれるのです。なのでむしろ先のことなど考えていない方がうまくいくのです。これを僕は心の底から信じています。言い方を変えると、そう思い込んでいます。20代後半からの約20年間、この「僕は大丈夫」との思い込みにより、きちんと生きてこれています。

もうちょい分かりやすく書きましょうか。たとえば何か欲しいものがある場合、それがお金でも異性とのお付き合いでも何でもいいんですけど、それを思い込むことで手に入れやすくなります。ここで大事なのはふたつあって、「身の程を知る」ということと、「強く念じる」ということです。身の程を知るってのはちょっと言いすぎた感はありますが、要は、例えば貯蓄が100円の人が明日10億円手に入れたいと思ってもなかなか難しいぞということです。10億円では無く、100円を150円にしたいというところから始めるとベターだということです。異性の場合も同じで、面識も無いにも関わらず俳優さんやアイドルと付き合いたいと思っても難しいですよね。ですので何らかの努力をしたうえでお近づきになり、そのうえで思い込む、つまりはそのお相手とお付き合いして結婚して共に歳をとってお墓に入るところまでを当たり前のように心に思い描くことができるようになれば、うまく行く可能性は高まると思います。知らんけど。
でね、「強く念じる」というところが人それぞれなのでこれはもういろいろやってみて自分にしっくりくるものを見つけていただくしか無いなと思っているのですが、パターンとしてはふたつあって、ひとつは「強く念じたら全てを忘れる」というもので、もうひとつは「ひとときも忘れることなく念じ続ける」というものです。前者は「これでもか!!」とばかりにその思いを強く念じ、それが終わったらそのことの一切を忘れてしまうというものです。「手放す」ということですね。後者は文字通りですが、何をしているときでもその思いを頭の片隅に置いたまま決して忘れないというものです。

というように、まずは努力してある程度の現実を作りだし、それができたらあとは強く念じると。それがね、欲しいものを手にいれる方法、つまりは人生を思うように生きて行く方法です。欲しいものって物質だけじゃー無いですよね。ですのでこの方法というか理論というか、それを使えば自分で描いた通りの人生に近づけると思います。
「どうせ自分にはできっこ無い」とか「あいつは優秀だから」なんてことを考えるのは自由ですし止めもしませんが、人が思うことってあなどれないというか、力を持っているというか、バカにできないものだと思うのです。おそらくは、思いってのは目に見えないくらいに小さいだけであって、実際には物質だと思うのです。物質だからモノに影響を与えることができるものなのです。ですのでマイナスなことを考えている時間があるのなら、自分にとって有益なことを頭の中に思い描き、それを心に擦りこむ方が得策と思えます。

自分の意思

今日は真面目な話を。

どのくらい前のことだったか、母親から癌になったと連絡が来ました。ステージ3でした。記憶が確かなら、その時点で既に転移があったはずです。
その週末に実家に戻ったところ、あの母親がありえないほどに落ち込んでいて、その姿に驚いたというよりは、いつもとの違いっぷりが凄すぎたので、不謹慎ながら少し笑ってしまいました。どんだけ落ち込んでんだと。いや、これ本当に失礼な話なんですが、普段の母親は明るいんです。中学生のころにはハードルの県の記録を持っていたり、ママさんソフトで全国準優勝をしたりと(補欠だけど)、明るくて活発な母親なのです。その母親が癌になり、こちらが何を言ってもネガティブな回答しか言わなくなったので、そりゃ息子としてはその変わりっぷりに笑いも出るわけですよ。生気ゼロですよ。すごかったんだから。
その日はネット通販で購入して届いたばかりの書籍を持って母親に会いました。まだ読んでいないどころか開けてもおらず、しかも購入時に中身も調べずに買った本です。母親から連絡が来たときになぜか「この本は母親にあげるために買ったものだ」と思えたので、そのまま母親に渡しました。『生きがいの創造』だったかな。そんなタイトルの本だったと思います。
次の週だったかその次の週だったかは失念しましたが、再び母親に会いにいくと、あの日のどんよりが嘘のように、ほぼいつも通りの母親がそこにはいました。聞くと、あの本を読んだそうです。本を読んだことが全てだとは思いませんが、病に立ち向かう気持ちが沸き上がり、そして、自分にとって大切なものが分かったと言っていました。そして入院し、治療を受け、無事に帰ってきました。母親は4人部屋に入院しましたが、母以外の3人は他界されました。あれから10年以上が経過しましたが、母に再発はありませんでした。今も元気でやっています。

母を見て思ったのは、母は生きようと思ったから生きているのかもしれないなということです。もちろん医学的に見ればステージ4とステージ3では大違いでしょうから、その部分はもちろんあると思います。でもあの癌を告知された直後の母親と、2度目に会ったときの母親から出る生気の違いを見る限り、それがその後の治療に影響しないことは無いだろうと思えるのです。過去に何度か癌患者の方からのご依頼でヒーリングを施したことがありますが、ヒーリングをしていると、なんとなくわかるものです。多くは言いませんが、なんとなくわかるのです。

自分はどうしたいのか。どうなりたいのか。つまりは自分の意思ですが、それが自分やその周囲に与える影響って大きいと思うのです。ですのでまずは諦めないこと。これほど大事なことは無いように思います。前向きな、ご自分の明るい未来を思い描くことが大切なように思えます。

異端な人

昨日Facebook上に流れて来た話題に「13歳までに感電した経験がある人間は異端な人になる」というものがありました。どういうことかというと、某大学には自己推薦資料と面接だけで合否が決定される枠があり、その枠で入学した人の多くが「変わっている人」だそうで。そこでその試験を経て入学してきた人たちやそれと同類と思われる人を調査したところ、彼らの共通点が「13歳までに感電したことがある」ということだったらしいです。一般入試を経て入学してきた人たちを調べても、その経験は無かったと。真偽のほどは分かりませんが、単純に「面白いな」と思うと同時に、僕も小学生の頃に2度ほど感電をしたことがあるもので、「だからなのかな?」と頭をよぎりました。よく「霊能力は遺伝」と言いますし、実際に僕の周りの霊能者たちも遺伝の要素が強いようですが、僕の家族や親族やご先祖さまにはそのような人間はいないようなので、ずっと「なんでかな?」と思っていました。僕が金縛りにあうようになったのは小学4年生の頃ですし、2度の感電と時期も被っているので、「あんた、感電したから霊だの何だの言うようになったんだよ!」と言われれば、それもあるのかもしれないなと思えてしまう。感電したから幽霊が見えるようになったんだとしたら、なんだか面白いなーと。

ちなみに、感電することで除霊できることもあるようです。憑き物が取れてしまう。あとは転んだりとか。要は身体に物理的なショックを与えると、憑依していた霊がポロリと取れてしまうことがあるみたいです。とはいえ、そんな除霊方法、危険ですからお勧めはしないですけどね。