気持ちがいい

今朝は5:30過ぎに起きました。ひげを剃り、お風呂を洗い、ストレッチをしました。ストレッチの後は瞑想の時間ですが、寝室で寝ている妻と子供のことが気にかかりました。エアコンの温度設定を30度にしたままつけっぱなしにして寝ているのですが、30度とはいえ少し寒いんですよね。なのでエアコンを消して寝室の窓を開けた方が気持ちいいんじゃなかろうかと思えまして。いきなり窓を開けて起こしてしまうのもアレなので、玄関からアルコープ(兼ベランダ)に出て外気に触れてみました。
ベランダはとにかく気持ちが良かったです。ここ数日は気温も低くなってきていましたが、今日は適度な風もあり、雲が日差しを遮っていて、湿度の高さも感じずに本当に気持ちがいい。なので今日は瞑想は止めて、そのままベランダで立禅をすることにしました。久しぶりの立禅でしたが、そもそも瞑想よりも立禅を最初に覚えたもので、なんとなく、基本に立ち返ることができたと言うか、自然に溶け込むことの大切さと言うか、そんなものを思い出すに至りました。部屋のなかでの瞑想も悪くは無いですが、外気に触れての立禅は気持ちがいいものです。自分にとっての原点でもありますしね。
ということで、結局は妻と子供を起こしてしまうのもいかがなものかなと思えたため、寝室の窓は皆が起きてから開けました。エアコンさまさまです。

見せていただくもの

以前も書いたような気がしますが、なんとなく書きたくなったので書きますね。

初めて見せていただいた幽霊は若い女性でした。白くて向こうが透けていました。透けていると言うか、点描画のようなものだと言った方が厳密には正しいのかもしれません。でも着ている服も分かるし、髪型も分かります。そんなものが上半身だけでみかんの木の根元に浮いていました。淡々と書いてしまいましたが、中学1年生の僕には衝撃的過ぎて、その後しばらくの間は熟睡できませんでした。夜が来るのが怖かったです。
20歳前後になると、車の運転中に道端に立っている幽霊を見せていただくことが多くなりました。やはり向こうは透けていました。
30歳を過ぎ、霊視やスピリチュアル・ヒーリングを勉強し始めると、視覚的に見せていただくのでは無く、感覚的に捉えるようになりました。目に見えているのかと言われれば見えているような気もするしそうでは無いとも思えるし、なんとも説明しづらいものです。若い頃と決定的に違うのは、人間の形で見ることは無くなったということです。自分の意識が向いた方向に何らかが存在しているように思えるのです。もう少し具体的に言うと、「ん?」と思った方向に目を向けると、そこには楕円形の物体というかエネルギーというかそんなものが浮いていて、それは霊魂であると確信できるのです。多くの場合はご相談にいらした方の頭の周りに現れるんですけど、目には見えていないんですよ。でもそこに浮いているのは分かるのです。さらにそこに意識を向けることによって、それが何を伝えに来ているのかが分かるのです。そしてなんとなく、それが誰なのかも分かります。というか、教えていただけます。

霊以外に見せていただいたもので面白かったのは、黒い闇のようなものがその人のお腹の辺りに見えたことがあって、とても印象に残っています。お腹に黒いものが見えるのだから「腹黒い」ってことですよね。で、霊視を進めてみると、実際にそうだった(腹黒かった)ので面白いなと。あとはお腹に何か細くて長いものがぐるぐると巻き付いているので何かと思ったら蛇だったと。その方はスピリチュアルの世界ではなかなか名の知られた方とのことでしたので「ご自分でできるんだろうな…」と躊躇しましたが、「除霊しましょうか?」と伺うと「してください。」と仰るので背中側からエネルギーを入れたら、マンションの玄関付近で「バンッ!!!」ってバカでかい音が鳴って、それと同時に除霊が完了しました。デカい音はその蛇の悔しさの表れだとか。「ちくしょう!」みたいなものですかね。まぁ驚きました。デカくて。

と、私にとっては当たり前のことを書きましたが、もしかするとこういう小ネタ的なものも好まれるのかもしれないなと書きながら思いました。なので今後もちょいちょいこんなことを書くようになるかもしれません。

お経と成仏

昨日Yahoo!で読んだ記事に関する話。ちょっと怖いかもしれないので、苦手な方は読まないでくださいね。

あるお坊さんの手記なのかな。記憶だけを頼りに書くのでその内容を正しく知りたい方はYahoo!でその記事を確認していただきたいのですが、そのお坊さんがある富豪の自宅に呼ばれたと。玄関に到着し、呼び鈴を探したものの見つからない。どうしたものかと思っていると、機械的な声で「どちらさまですか?」と尋ねられたと。なので名を名乗ると「お待ちしておりました。」と言われて扉が開き、家の中に招かれたと。要はAIで制御された家で、玄関での声もAIによるものだったらしい。家のなかで主人と面会し、日も暮れたので帰ろうと思ったところ、主人から「もう少しいてほしい」と言われたと。21時を回ったところで主人の寝室に移動すると、AIが来訪者を招き入れる声が何度も聞こえ始めたと。「いらっしゃい」「いらっしゃい」みたいな。そこでAIに向かって「今、家には何人いるのか?」と聞いたところ、そこには自分と主人の2人しかいないにも関わらず「22人」と言われたそうで。「その22人はどこにいるのか?」と聞いたところ「寝室」と言われたらしい。主人はこの現象で困っており、お坊さんに助けを求めたとのこと。そこでそのお坊さんがお経を唱え、唱え終わってから主人に「AIに人数を確認してほしい。」と依頼し、主人がAIに確認をしたところ「2人」と言われたんですって。面目躍如だったぜ、という記事でした。

この記事を読んで「怖えなぁ…」と思ったのはいいとして、主には2つのことを思いました。
ひとつは赤外線なのか何なのかは失念しましたが、それに霊が反応するのであれば、なぜ守護霊は反応しなかったのかな?ということです。人間ひとりにつき複数ついているはずなので、AIが反応するとしたら「寝室に100人います。」と言われたとしても不思議では無いのになと。でもこれは疑問に感じてから10秒ほどで自己解決しましたよ。記事のなかでAIが反応したのは所謂「未成仏霊」だったからですね。未成仏霊は物質に近いというか物質そのものだとも言えると思うので、赤外線なのか何なのかも反応するのだろうなと。それに引き換え守護霊は所謂高級霊ですのでキメが細かいんですね。高級霊になればなるほどこの世の物質からは遠い存在になっていく。なのでこの世的なものには引っかからないのだろうと。そんな自己解決に至りました。
それともうひとつ気になったのは、そのお坊さんがお経を唱えることでそれらの未成仏霊がその場からいなくなったということです。いなくなったということは、家から出ていったということでは無く、おそらくはお経をあげたことにより浄霊に至ったのかなと。除霊では無く浄霊だと思うんだよな。これは賛否両論あるであろうと思うのですが(と言うか、すべての霊的現象には賛否両論があって然るべきですが)、お経そのものには未成仏霊を浄化させる力は無いと思っています。なぜなら、人間は死ぬことによってすべてを悟るものでは無いからです。肉体を脱いだからといって全知全能の存在になるわけではありません。単に霊魂のみの存在になっただけです。平たく言えば、中身は生きていたときからまるで変わらないのです。以前僕に入ってきた「亡くなってから1週間しか経っていない霊」もそうでした。普通の人間でしたもん。ですので死んだからといって瞬時にお経の意味を理解できるようなスーパーマンになるわけでは無いのです。生前お経の意味を理解していた方であれば話は別かもしれませんよ。そんな方はお経を聞いただけで心やすらかになってあの世へ移行することもあるのかもしれません。ですので基本的には未成仏霊に対してお経を唱えても、それにより浄化されることは無いのです。ではYahoo!の記事ではなぜお経によって未成仏霊の浄霊が成し遂げられたのかというと、それは単に、そのお坊さんの能力の高さによるものです。そのお坊さんがあげるお経は、お経であってお経以外のものが付加されているのだと思います。「心」というべきか「愛」というべきか。それに対してこの世にとどまっている鈍重な霊たちが反応したのでしょう。その方がお坊さんだから、結果として、それをお経に乗せる形になっているのだと思います。もしミュージシャンだとしたら歌に心が乗るのでしょうし、ダンサーであれば踊りに心が乗るのだと思います。先天的なものなのか後天的なものなのかは分かりませんが、彷徨える霊魂が浄化されてしまうほどの「何か」をお持ちの方っていらっしゃるんですよね。そのお坊さんが非常に能力の高い方だったからこそ、お経により20人もの未成仏霊が浄霊されたのであろうと。すごいことだと思います。

ここ何年か、家に置くほにゃららスピーカーって流行ってるじゃないですか。話しかけるといろいろやってくれるやつ。僕、絶対に置かないです。なぜ置きたく無いのかと言うと…もう書かなくても分かりますよね。そういうことです。おわり。

祈りと遠隔ヒーリング

前回のブログにて、無料で祈りを捧げるサービスを開始したことを書きました。安西ヒーリングとしてでは無く、匿名で行っているサービスです。申し込みの具合はというと、ボチボチです(笑)。

「祈り」と言うと、神社で神様にお祈りをしたり、仏壇に手を合わせるなんてことを思い浮かべる方が多いかと思います。ご依頼をいただいた後、僕はどのように動いているのかというと、まずは精神統一をしています。精神統一をして、僕の意識がなるべく無に近づくよう調整します。人間である以上完全な無は難しいので、ボチボチ程度に無に近づきます。時間にするとだいたい10~20分くらいかな。で、ボチボチ無に近づいたと感じられたら意識をお申込みいただいた方に向けます。お申込み時に「お住まいの地域」と「お名前(ニックネーム)」の情報しかいただいていないので、どこの誰から何の目的でお申込みをいただいているのかは分かりませんが、まぁだいたい分かるものです。とはいえそのあたりのことはさほど重要では無いのでスルーして(間違っていることもあるので)、その方に対して適切なバックアップが与えられるよう祈りを捧げています。祈りを向けるのは「神様」です。僕が思う「神様」に対して祈っています。
この工程って、実は遠隔ヒーリングと同じなんです。ですので遠隔ヒーリングと同じことを無料でおこなっているということです。遠隔ヒーリングと異なる点は、個人情報を伺っていないこと、日時を決めていないこと、単回で終了すること、フィードバックをしないこと、でしょうか。遠隔ヒーリングにおいて重要なのは、ヒーリングをおこなう対象をより具体的に思い浮かべることだと思っています。もちろん他にも「ヒーリングを受け入れる意思の確認」や「タイミング」なんてものもあるのですが、最重要はそこじゃなかろうかと思っています。ですので遠隔ヒーリングの場合はお申込みの時点で個人情報をお伺いするんですね。想像しやすいので。でも祈りのサービスにおいてはそれをやっていません。なぜか。それは「神様はすべてお見通し」だと思えるからです。そもそも遠隔ヒーリングを行うのは僕では無く(僕が思う)神様です。ですので僕の方で細かく情報を収集しなくてもいいと思えるんですよね。もちろんいただける情報はいただいておいた方がイメージはしやすいですが、「必須か?」と言われればそうでは無いとも思えます。お天道様は見ていますから。個人情報をいただいてしまうと無料での提供も厳しくなりますしね。あと、遠隔ヒーリングにおいては日時を決めておこなうことが多いですが、それも必須とは思えないんですよね。日時を決めてその時間は寝るなり椅子に座るなりリラックスしておいていただければ遠隔でエネルギーが届いている様子をリアルタイムで感じやすくはなります。でもそれも必須とは思えず。祈りのサービスにおいては日時を決めてしまうとその日のその時間は(僕が)拘束されてしまうことになるので、これまた無料での提供は難しくなってしまうんですよね。小さい子供がいるので時間を決めるのが難しいということもあり。おそらく皆さんが希望する時間帯って、子供の寝かしつけの時間帯と被ると思えまして。

ということで、僕のなかでは「祈りのサービス」も「遠隔ヒーリング」も同じです。「どちらがいいの?」と問われてもどちらにも利点があるので難しいところですが、上に書いたような違いはあれど、僕がやっていることには違いは無いんですよね。祈りも遠隔も深いところまで意識を沈めたうえでおこなっています。ですのでそれをやっている僕も気持ちがいいと。僕にとっても利点があるんですね。
祈りのサービスにご興味をお持ちの方は以下リンクをどうぞ。
https://inorinochikara.com/