私について – 大学生まで

私について、今日が第三回目です。ひとつのことを丁寧に説明しすぎて進みが遅い気がするので、もうちょい速度を上げていきます。

大学生の頃、初めて憑依をされました。いや、本当にされたのかは分かりませんが、あの時も、今でも、そう思っています。
高校生の頃からお付き合いをさせていただいていた女性からふられ、想像以上に落ち込む日々を過ごしていました。当時の私はコンビニでアルバイトをしていましたが、そのアルバイトの最中、唐突に「お墓詣りに行こう」と思えました。コンビニですのでお線香とライターはすぐに手に入ります。アルバイトを終えてから、車で10分ほどのところにある安西家のお墓へ行き、お線香をあげました。その帰り道、既に身体に異変を感じていました。頭が少しふらつくのです。自宅に帰る頃には37度ちょいの熱が出ていました。そしてその晩、その熱は42度を超え、水銀の体温計に刻まれたメモリを振り切りました。それが3日間続きました。姉が知りあいの医師に相談をしたところ、すぐに入院をした方がいいということで、その医師が副院長を務める総合病院に入院をしました。ありとあらゆる検査をしましたが、原因は分からないとのことでした。私はその状況を憑依によるものだと思っておりましたので、「どこかお寺に行けば治ると思う」と告げましたが、もちろん取り合ってもらえませんでした。そのまま1週間入院をし、自然と熱が下がったところで退院しました。
その年はどこまで落ちれば底が見えてくるのか分からないくらい、不幸の連続でした。高熱に始まり、大学とバイト先ではあらぬ疑いをかけられて仲間が離れて行き、出先ではおかしな人間に揶揄され、車に乗れば交通事故を起こして父親の車を廃車にしました。「もうこれで終わりだろう」と思っても、毎月のようにおかしなことが起きました。ただひとつだけ、救いと言っていいのかどうかは分かりませんが、今でも印象に残るできごとがありました。交通事故を起こしたときのことですが、事故を起こすまえ、私は登り坂の下で赤信号で停まっていました。信号が青になると同時にアクセルをふみましたが、車はなかなか進みませんでした。「おかしいな」と思い手元を見ると、普段は引くことの無いサイドブレーキが引かれていました。「なんだこれ」と思いながらサイドブレーキを降ろし(解除し)、アクセルを踏んでスピードをあげたところで事故をおこしました。高速走行中にハンドルを切ったところ前輪が浮いて制御が効かなくなり、そのまま中央分離帯に突っ込み、中央分離帯をジャンプ台にして対向車線へと飛び出し、向かってきた大型トレーラーの側面に激突し、跳ね返ってきて車の天井からさかさまに地面に落ちて止まりました。もしあの赤信号でサイドブレーキが引かれていなければ大型トレーラーと激突したタイミングはズレていたわけで、もしかすると大型トレーラーの側面では無く、正面に激突してお互いに即死だったかもしれません。あのサイドブレーキを引いたのは誰だったのか。知る由もありませんが、自分はまだ死ねないんだなと、これから先やるべきことがあるのかもしれないなと思ったことを覚えています。

今回はこんなところで。次回こそ、所謂「スピリチュアル」な話になっていくはずです。アディオス!